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01
6月
2012
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6歳の娘がクリスマスの数日前から欲しいものを手紙に書いて窓際に置いておいたから、
早速何が欲しいのかなぁと夫とキティちゃんの便箋を破らないようにして手紙を覗いてみたら、
こう書いてあった。


「サンタさんへ おとうさんのガンがなおるくすりをください!おねがいします」

夫と顔を見合わせて苦笑いしたけれど、私だんだん悲しくなって少しメソメソしてしちゃったよw
昨日の夜、娘が眠ったあと、夫は娘が好きなプリキュアのキャラクター人形と「ガンがなおるおくすり」と普通の粉薬の袋に書いたものを置いておいた。

朝、娘が起きるとプリキュアの人形もだけれど、それ以上に薬を喜んで「ギャーっ!」って嬉しい叫びを上げてた。

早速朝食を食べる夫の元にどたばたと行って
「ねえ!サンタさんからお父さんのガンが治る薬貰ったの!早く飲んでみて!」
っていって、夫に薬を飲ませた。

夫が
「お! 体の調子が、だんだんと良くなってきたみたいだ」
と言うと娘が、
「ああ! 良かった〜。これでお父さんとまた、山にハイキングに行ったり、動物園に行ったり、運動会に参加したりできるね〜」
……っていうと夫がだんだんと顔を悲しく歪めて、それから声を押し殺すようにして「ぐっ、ぐうっ」って泣き始めた。

私も貰い泣きしそうになったけれどなんとか泣かないように鍋の味噌汁をオタマで掬って無理やり飲み込んで態勢を整えた。
夫は娘には「薬の効き目で涙が出てるんだ」と言い訳をしてた。

その後、娘が近所の子に家にプリキュアの人形を持って遊びに行った後、夫が
「来年はお前がサンタさんだな……。しっかり頼むぞ」
と言ったので、つい私の涙腺が緩んで、わあわあ泣き続けた。

お椀の味噌汁に涙がいくつも混ざった。
サンタさんのおくすり | 涙腺崩壊 - 泣ける話・感動する話 (via ruisen)

-- 12:31pm --

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26
5月
2012
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「お母さんはうちで一番先に起きる人」になると子供が起きる時間、朝ご飯の時間、おやつの時間、昼寝の時間、夕ご飯の時間、お風呂に入る時間などが自然に正確に決まってくるものです。
そうしてこのハンで押したような規則正しい生活を、日曜日であろうが、祝日であろうが、お客さんが来ようが、頑として崩さないことが、子供を心身ともに健康に育てるコツなのです。子供の健康を願うならこのことを守りましょう。
自分も遊びたい、子供も健康でいてほしい。これは欲ばりというものです。二兎を追うものは一兎をも得ずです。また別の見方をすれば、先に苦労するか、後で大苦労するかです。
   
特に子供が三歳にならないうちはこのことが大切です
たとえば三歳未満の子供を連れて海水浴に行ったり、動物園へ行ったり、あるいは温泉へ泊りがけで行ったりするのは、子供にとって害にはなっても、なんのプラスにもなりません。
たしかに子供はその時は喜ぶし、楽しそうにはしゃぎまわります。しかしそれはそれでしかなく、実際には健康の上からも、躾の点でも、情操教育効果の面でも、まったく無益で、結果的にその子供が心身共に疲労するだけなのです。
   
親のほうにしてみれば、現実に子供は喜ぶし、子供にこれだけのことをしてやったという満足感を覚えます。この満足感を持つことはいいことだし、また必要なことでもあるのです。しかし子供が三歳を過ぎないうちは残念ながら無駄なことなのです。
   

「心 身共に」のうち、まず心のほうについて述べましょう。そういう所へ三歳にならない子供を連れて行っても、親子の絆を特別に強めるという効果はありません。 言い換えれば、そんなことに頼らなくても親子の絆はでき上がっていくということです。知能の面についても、三歳にならないうちは言葉と時間をしっかりとは 覚えていないので、海水浴や動物園や温泉に行ったことが記憶として残って、その後の知能の発達の役に立つということはほとんど期待できません。
次に心身の「身」のほうですが、これはふだんの生活と違うことをしたことによって、そのこの子の日常生活のリズム(体内時計のリズム)が崩れ、極度に疲労するのです。その結果、ふだんなら寄せつけない病原体でも身体の中に入ることを許してしまう、つまり病気になる可能性が高くなります
   
三歳未満の子供にとっては海水浴や動物園や温泉に連れて行ってもらうよりは、お父さん、お母さんと一日中、いつもやっている積み木だの絵本だので遊んでもらうことのほうが、ずっとありがたいのです。
子供を連れて遠くへ行ったり泊ったりするのは、子供が三歳を過ぎてからにしましょう。
海の水が塩からいのも、虎とライオンが違うのも、三歳を過ぎてから教えて十分間に合うし、そのほうが効果があるのです。

ドサンコの東京子育て&旅日記: 「母親は朝寝坊するな」の一喝に思うこと (via irregular-expression) (via mnak) (via petapeta)

どうせ使わない知識だろうけど。結婚したいなぁ…子供欲しいなぁ…無理だなぁ。

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-- 06:36am --

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20
5月
2012
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どうしてプラモデルだけが国産なのか? その答えはいたって簡単だ。

それは、「買った人が組み立てるものだから」。  

プラモデルの製造では、組み立て工程の管理や、そのための人の雇用が必要ないため、人件費などの経費が安く済むという海外の生産拠点のメリットがそもそも生かせないというわけだ。もちろん同社は国産であることそのもののメリットも大いに生かしている。


ガンプラは1つ屋根の下で作られる(1/2) − @IT MONOist (via tnoma) (via idiomorphic) (via petapeta)

2009-08-06

(via gkojay) (via joodle)

-- 12:07pm --

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07
5月
2012
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三部作の中でも屈指の名シーンとして挙げられることも多いダンス・パーティーでマーティが即興で“ジョニー・B・グッド”を演奏するこのシーン。

僕も大好きなシーンなんですが、このシーンに関する“ベスト”と呼べる解説を見つけたのでご紹介。

教えて!HMV|HMV ONLINE オンラインショッピング・情報サイト バックトゥーザフューチャーで歌っていた曲は?

質問:「バックトゥーザフューチャー(1)」で主人公が学園祭の代役ボーカルとして歌った曲は誰の歌っている曲なのでしょうか?出来れば、英語のスペルでの歌手名・曲名を教えてください。カテゴリーが違うかもしれませんがよろしくお願いします。

皆さんがおっしゃっているように、チャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」ですが、この曲はプレスリーとは別にロックンロールの原点になっている曲です。ですから、このシーンの途中でバンドの怪我をしたギタリストが本当のチャック・ベリーに電話で聴かせて上げるという場面が出てくるわけです。つまりこの映画ではロックンロールも30年間の時間のループを描いているということなのです。

すいません、私にもちょっと補足させて下さい(^^)。

この’85年作品で、主人公は30年前の’55年にタイムスリップします。

‘55年の町中のシーンでまず聞こえるのが、コーデッツ等でヒットした「ミスター・サンドマン」。つまりまだビートがない時代で、ロックンロール前夜だというのが、これで分かります。

有名な「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は、’54年に発売されましたが当時は売れず、この’55年の映画『暴力教室』に使われて大ヒットします。『暴力教室』は3月に公開され、「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は7月にNo.1ヒットとなりましたが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の舞台である10月下旬から11月の段階では、アメリカの田舎町では、まだゆったりとしたポップスが人々にとっての主流だったということです。

「ロック・アラウンド・ザ・クロック」という曲が「ロックンロール」の始まりのように言われることが多いですが、実際にはそれまでに「ロック」という言葉が使われるレコードが幾つも出ております。ただしNo.1ヒットとなったこの年がひとつの節目になったことは確かで、そうした下地があったからこそ、マーティがキーだけを指示してイントロを弾き始めても、バンドはちょっとテンポの速いジャンプ・ブルースだと思って追従出来るということになる訳です。

ちなみにあのバンドは「MARVIN BERRY AND THE STARLIGHTERS」という役名だそうで、「ジョニー・B・グッド」の演奏中に、手を怪我したMarvinが従兄弟の「Chuck (Berry)」に電話するのは、masmasさんのご説明通りです。

またこの演奏シーンは、ボーンズ・ハウ(Bones Howe)という、フィフス・ディメンションやアソシエーションの仕事で有名なプロデューサーが、スーパーバイザーとして参加しています。イントロこそチャック・ベリーのスタイルですが、間奏からはサーフィンのテケテケとか、アンプの蹴り倒しとか、ライトハンド等まで取り入れ、あの3分間の中に30年のロック・ギターの歴史を凝縮させているのであります。

蛇足ですが、チャック・ベリーの音源には、オリジナルのCHESSレーベルのものと、再録のものがあります。当然、オリジナルCHESS録音がベストですので、CDを探す際にはその辺ご注意下さい。

ロック好きであればこのシーンが何を意味するかはすぐに理解できるとは思いますが、ここまで細かく考えられていたとは知りませんでした。確かに改めて見返すと、演奏後半でマーティが暴走を始めてからは“クロマティックラン→ウィンドミル→ライトハンド(タッピング)→背面弾き→アンプ倒し→早弾き”という形になってますね。これを“ロックの歴史”と言ってしまうのは少々偏っている気もしますがwまあ多分僕が所為“ギターテク”というものに何の思い入れもないからなんでしょうけれど。

いずれにせよ“ロックの発展”のプレゼンテーションとしては素晴らしく良く出来ているシーンだと思います。オチも含めて。

一部にはこのシーンを“ロックンロールの起源を奪う=白人による搾取”だという人もいるみたいですが、もし本当にそうならここで引用されるのはエルヴィス・プレスリーのはずです。でも引用されるのはチャック・ベリー。ここで“ロックンロールの起源”をチャック・ベリー(やそのほかの黒人ミュージシャン)に見出していることは明らかでしょう。

と同時に、ロックンロールは黒人のみによってつくられたカルチャーではなく、白人やそのほか様々なルーツを持った人々が携わることで発展していったカルチャーであるんですよね。それらをひっくるめてマーティがチャック・ベリーに(間接的に)手渡して、その中からコアな部分を抽出する形でオリジナルの“ジョニー・B・グッド”が生まれる。だからここで行われているのは“搾取”ではなく(白人と黒人、未来と過去の)“交配”と捉えるべきでしょう。それに関しても上の方がきっちり解説しています。

下(※上)の書き方だとちょっと誤解されるかもしれないので更に補足。

「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は白人ロカビリアンのビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツのナンバー。そして’55年の夏に、チャック・ベリーもCHESSレコードから「メイベリーン」というナンバーでデビューします。この曲は全米チャートでも5位まで上がるヒットとなります。

それからも

‘56年「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」(全米29位)

‘57年「ロックンロール・ミュージック」(全米8位)

「スクール・デイ」(全米3位)等のヒットがあり、

「ジョニー・B・グッド」が出たのは’58年(全米8位)です。

ただ、現在チャック・ベリーは偉大なロックン・ローラーとして、誰もが敬意を払いますが、ビートルズやローリング・ストーンズ等のビートグループが、彼へのリスペクトを前面に押し出すまでは、人種差別の問題等もあり、チャートにおける成功にもかかわらず、本国でもそれほど高い評価を得ているとは言えませんでした。彼の評価を高めたのは、次の世代のアーティスト達だったのです。

この「ジョニー・B・グッド」は、人種差別や偏見、そして自分に対する励ましを歌詞に込めた曲と言われます。運は自分でつかみに行けという、”Go Go”のリフレインに込められたメッセージは、ある意味ではロッカー達の讃歌となり、その後も数多くのロッカーに歌い継がれ、チャートのランクを超えたチャック・ベリーの代表作になっているのであります。

この時代(55年)はまだ公民権運動前で黒人差別が一般的だった時代です(公民権運動が全米に広がるのは56年から)。そんな中、チャック・ベリーは後の時代の“ロックンロールに目覚めた若者達”によって人種を超えた真の評価を勝ち得るわけです。そして彼(チャック・ベリー)の影響を受けたアーティスト達が新たな音楽を生み出していく。

“白人のティーンエイジャーであるマーティが(黒人の音楽である)ジョニー・B・グッドを演奏し、同じく白人のティーンエイジャー達を躍らせる”というのはこうしたロックンロールの歴史をなぞることでもあります。

自分自身の誕生だけでなく、自分が大好きな文化(音楽)の誕生に手を貸すことにもなり、それは同時にロックの歴史そのものでもあった、というのがこのシーンの肝でしょう。

また、この過去のパートは、マーティの父親であるジョージの視点から見ると“ルーザー(ジョージ)が外部(未来)からやってきたオラクル(マーティ)の助けを借りてジョックス(ビフ)を打ち倒しクィーン(ロレイン)をゲットする”という学園映画の典型的なプロットにもなってるんですよね。で、そのことが未来の自分や家族を救うことにもなる。


『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の“ジョニー・B・グッド”演奏シーンに関するほぼ完璧な解説。 - 想像力はベッドルームと路上から (via kazukij) (via catscradle58) (via yoshiori) (via shortcutss)

-- 22:25pm --

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03
5月
2012
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johnnychallenge:

Twitter / johnnychallenge: この画像は、この前リブログしたばかりだから良いかなん …

-- 19:59pm --

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02
5月
2012
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もう東京では半袖で歩く人が多い頃、まだ石油ストーブが片付けられていない村役場前の民宿に泊まりながら聞いてまわった話と目にした光景は、己がそれまで身を浸してきた陳腐すぎる象徴化も、稚拙すぎる想像力も、とうてい捉えきることを許さないものを突きつけてきた。それは、まるで安全である「かのように」振舞いあうことによって担保される「原子力ムラの神話」によって危うくも「幸せ」な生活を続ける現在の、そして、彼らの「子や孫が残って暮らせる」という夢がある面で叶い、そしてある面で完全に原子力に侵食されることになる未来のムラの圧倒的なリアリティに他ならなかった。そこから「植民地」を連想するのは困難なことではなかったし、また、「植民地」を切り口とした考察が一つの形を整えた今、それが「発想の飛躍」ではなかったことを確信している。
「良心」や「善き社会設立」への意志はこのリアリティにこそ向けられなければならない。少なくとも、当事者の語ることに耳を傾けともにあることから遅かれ早かれ逃げ出すような者の為すことは、真の当事者にとっては、影響が無いどころか迷惑ですらある。サイバースペースで民主主義が達成できるなどと夢想することもいいが、いくら社会の隅々まで複雑なネットワークが形成されようと、そのどこを探しても放射線などない。人が集まったなら国道六号線をただひたすら北上すればよい。
(…)
「ヤンキー文化だ」「地域○○だ」といったあらゆる中央の中央による中央のための意味づけなど空虚にひびく、否、ひびきすらしない圧倒的な無意味さ。成長を支えてきた「植民地」の風景は「善意」ある「中央」の人間にとってあまりにも豊穣であるはずだ。

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか (開沼 博)

(via nakanohajime)

-- 06:34am --

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01
5月
2012
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 ボールで遊んではいけない、犬を入れてはいけない、大声をだしてはいけない、音楽を流してはいけない、他人の迷惑となることをしてはいけない。この国の公園はやがて、入ることを禁止されるのだろうか。


ゆっくりゆっくり広がっていく、なにもできない空気。禁止の波。




なにもできない公園はやがて、




なにもできない街になるだろう。




なにもできない街はやがて、




なにもできない国になるだろう。




なにもできない国はやがて、




なにもできない世界になるのだろうか。




いや、この島だけが




なにもできないのだ。




なにもできない島の




なにもできない人々。




なにもできない島で、




カステラはきっとおいしいことだろう。




いじめにつながるからあだ名が禁止される。いじめにつながるから徒競争から順位がなくなる。果たしてそれで解決するのだろうか。禁止すればいいのだろうか。闇が別の場所に移るだけ。あだ名は愛情表現のひとつ。世の中にはいろんな尺度がある。尺度事態を否定することが得策なのか。気に入らないことを容易に否定していいのだろうか。




それが人を苦しめるというなら、それを禁止するというなら、車を禁止するべきではないだろうか。車の事故なんてなくならない。絶対になくならない。人間が運転しているかぎり、車の事故は絶対になくならない。それで、車を禁止する人がいるだろうか。デメリットよりもメリットが大きいというのなら、車のメリットはどこにあるのだろうか。物事には必ず負の面が存在する。




もしも死にたくなるほどのあだ名をつけられた人がこの文章を読んだらきっと、「この人は、いじめられる人の気持ちをわかっていない」と糾弾するだろう。「なにもわかっていない」と。申し訳ないが、たしかにわかっていないかもしれない。仮に僕がわかっていないとしたら、ほとんどの人はわかっていない。それが現実なんだ。それでも僕は、いじめがなくなればいいと思う。だけど、人をいじめたくなる気持ちはなくならない。それを認めないと、もっと陰湿になる。もっと厄介になる。いじめにつながるからといってなんでもかんでも禁止したら、それは別の被害を生む。闇が広がってしまう。そのことを想像しているだろうか。




刺青が怖いのはどうしてか。それは、禁止しているから。あんなもの、だれもが自由にするようになれば、<しばらくたてば>なにも怖くなくなる。禁止するから恐怖になる。「禁止すると力を持ち始める」のだ。やがて、あだ名が力を持ち始めるだろう。だれかが発した言葉は、侮辱罪だと吊し上げられるだろう。あだ名が力を持ってしまう。でも、あだ名はそんなこと望んでなんかいない。あだ名は、人々に口にされることを望んでいる。公園は、みんなに愛されることを望んでいる。




ゆっくりゆっくり広がる、してはいけない空気。なにもできない島で僕は、カステラを食べよう。ざらめのところがきっとおいしいから。
ふかわりょう BLOG: 第485回「吠えない犬を散歩させる国で」 (via eternityscape)

-- 23:00pm --

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30
4月
2012
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twinleaves:

Simple Digit

-- 13:26pm --

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25
4月
2012
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子どもがお手伝いをしたとき、子どもをほめないことが大切なんだ。「いい子だね」とか「えらいぞ」というほめ言葉ではなく、子どもが手伝ってくれたことを感謝して、喜ぶのが「正解」なんだと。子どもにとって親は大きな存在。そんな親から「ありがとう」「助かった」「嬉しかったよ」という気持ちが伝われば、これほど嬉しいことはない。「ほめ言葉」という報酬のためのお手伝いではなく、「役立つこと」の喜びそのものが報酬になるのだ。
親も人の子「子どもの心のコーチング」: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる (via fuyuka)

-- 12:42pm --

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25
4月
2012
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男性は35歳を境に迷走しはじめるという。

同じ価値観を共有できる仲間と飲んで「男子会、最高」とつぶやいてみたり、毎年ロックフェスで青春時代のアーティストを見ては涙したり。深夜アニメを見て急に人生論を語り始めるなんてのも、迷走の兆候だろう。耳の痛い話だが、社会学者の阿部真大氏は、その背景をこう読み解く。

「人生の次のステップに進めずに、自分を肯定したくなっているのでしょう。男性の婚姻件数が30代後半に激減するというデータから考えて、次のステップに進まなければならない35歳です。35歳で趣味的な要素に過剰に意味を求めるということは、次のステップを踏めていないことの裏返しでもあるのです」

阿部氏はこれらの行為を「まとめ作業」と命名し、「昔なら定年後の男性が自伝を書き出したりしていたのと同じことを、35歳ではじめているんですよ」と指摘する。確かに、35歳で「人生の肯定」をはじめたとあっては、あまりに「まとめ」がすぎるだろう。


なぜ男は35歳を境に狂い始めるのか? (via dc-ep)

次が見えなきゃまとめるしかないじゃんか

(via ultramarine)

-- 12:37pm --

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